メルカリは2013年に創業した日本を代表するメガベンチャーです。フリマアプリとして多くの人に知られ、国内外で成長を続けています。すでにアメリカ市場に進出しており、インドには開発拠点を構えているメルカリ。創業当初からグローバル企業を目指しており、2020年には日本オフィスのエンジニア組織の社員の半数が外国籍になりました。新卒採用もグローバル採用を強化しており、ハッカソンなどを通じて優秀な学生の間での認知度を高めて積極的に採用を進めています。また、インクルージョン&ダイバーシティ(I&D)(※メルカリでは、組織の多様性の推進を引き続き行うという前提のもと、さまざまなバックグラウンドの人材が活躍できるインクルーシブな環境づくりをさらに強化していくという思いを込めてI&Dと呼んでいます)の推進にも力を入れ、さまざまなバックグラウンドを持つ人材が活躍できる企業文化の構築に努めています。
今回お話を伺ったのは、メルカリTalent Acquisition Team(採用チーム)に所属する橋本さんです。橋本さんは人材紹介会社で6年間働いた後、2018年11月にメルカリに入社。入社2ヶ月後からから現在までエンジニア採用に携わっています。入社当初はメルカリのエンジニアの数は今よりも少なく、特に外国籍エンジニアの割合は現在ほどは高くはなかったといいます。そのため、橋本さんはメルカリの採用チームでグローバル採用を推し進め、受け入れ体制を整える役割を担ってきました。この記事では、メルカリのユニークなグローバル採用戦略や、コミュニケーションにおける課題の解決策、グローバル化を目指す日本企業が陥る可能性がある課題について紹介します。
世界からトップエンジニアを引き寄せる採用戦略
グローバル採用において様々な取り組みをしているメルカリ。ちょうどインタビューの翌日からインド、その翌週には台湾へ出張に行くという橋本さんに、まずは最近のグローバル採用の取り組みと海外出張の理由についてお伺いしました。
グローバル採用の多様なアプローチ
メルカリではコロナ以前から海外で採用活動をしていました。そしてパンデミックの収束後、再び海外での採用活動を再開しています。海外で採用活動を行う際、どこの国にアプローチをするかは非常に重要です。様々な国のエンジニアを採用してきたメルカリにとっても同様ですが、これまでの経験から、キャリアアップを目指す魅力的な選択肢に日本がなりえることと、移住のハードルが比較的低いことが重要だと考えられています。そのため最近ではアジア、特に東南アジアでの採用に力を入れているそうです。具体的な採用活動の例としては、海外で行われるカンファレンスにメルカリのエンジニアがプロポーザルを出したり、ブースを出展したり、現地に直接赴いて候補者の面接を行うなど、エンゲージメントを高める努力をしているといいます。
また、国内外問わず、メルカリに興味を持ってくれそうなエンジニアを招待したミートアップを開催し、エンジニアやマネージャーなどと直接話す機会を提供することで、メルカリの文化や雰囲気を体感してもらう取り組みを行っています。これは、メルカリが将来の候補者となりうるエンジニアと中長期的な関係を築くことを重視している姿勢を示しています。オンライン面接が一般的な今でも、現地に赴いて対面での採用活動を続ける理由は、メルカリの魅力を直接伝えたいという思いがあるからです。「将来の転職を考えたときにメルカリを思い浮かべてもらうことも目指している」という橋本さんの言葉に、将来的な採用につながる基盤づくりを重視するメルカリの一貫性を感じます。転職はタイミングであるからこそ、現在は転職を考えていない優秀なエンジニアにも、「いつかメルカリで働いてみたい」と思ってもらえるような印象を与えることが、長期的な成功の鍵となると考えているのだそうです。
インドでの女性限定ハッカソン
メルカリは多様性のあるチームを構築するために、女性エンジニア向けのハッカソンをインドで開催することを決定したそうです。背景には、I&Dをより一層推進していく文脈の中で、若手エンジニアだけでなく、絶対数が少ない女性エンジニアのを強化したいという狙いがありました。今回のハッカソンは、インドに在住の大学生を中心に集客し、メルカリインドのオフィスで行われました。インタビュー翌日からの橋本さんの出張はこのためだそうです。
今回のインドでのハッカソンとはテーマ等は異なるものの、ハッカソン自体はコロナ前にポーランドで開催したことがあったそうです。特に最近は、昨年日本国内でもメルコインハッカソンを開催し、学生の満足度も高かったため、新卒採用チームは直近1年間、特にハッカソンに力を注いでいるといいます。
一方でハッカソンの準備は工数が多く発生するため、スムーズに進行するための調整が求められます。また、準備だけではなく、コンテンツ内容や学生をサポートするメンターの力も成功に関わるため、現場のエンジニアと密接に連携することも不可欠です。
台湾でのエンジニアイベント
一方、台湾では、クロスボーダーチームによるプロダクトが現地でリリースされることを見据え、採用イベントが計画されているそうです。進行中のプロジェクトによって知名度が上がりつつある中、エンジニア採用イベントを実施することで、さらなる認知拡大を目指す意図があります。説明会形式で行われるイベントでは、メルカリのエンジニアやマネージャー、ディレクターが登壇し、会社の魅力を紹介する予定とのことです。日本での勤務を前提としたエンジニアの採用が目的ですが、応募者との直接的な面接ではなく、メルカリのカルチャーや技術的なビジョンを知ってもらうための場にしたいと考えられています。
メルカリのコミュニケーション戦略
メルカリは日本国内にも大規模な開発チームを持ち、その約半数が外国籍のエンジニアです。チームが大きくなり様々な人が集まるほど、コミュニケーションは難しくなります。そんなメルカリのコミュニケーション戦略についてもお伺いしました。
通翻訳を担うGlobal Operations Team
多国籍な社員が円滑にコミュニケーションできる環境を整えるための工夫の一つが、Global Operations Team(GOT)の存在です。GOTは、メルカリがグローバル化を本格的に推進を始めたときから設置されており、現在も重要な役割を担っていると橋本さんはいいます。たとえば、日本語か英語のどちらかが苦手な候補者と面接を行う際や、オールハンズ(定例ミーティング)など全社員に正確に情報を伝える必要があるときには、このチームが通訳としてサポートに入ります。
この5年間で、GOTの役割も変化してきたといいます。以前は多くのミーティングやイベントでGOTが通訳をしていました。しかし、現在は会社全体で「やさしいコミュニケーション」の使用を推進しているため、通訳サポートを提供するのではなく、英語話者・日本語話者が互いに歩み寄り、自立してコミュニケーションをとるための支援もしています。たとえばプレスリリースや求人票など外部向けの資料は質の高い言語表現が求められるため、GOTが翻訳のネイティブチェックをしています。また、社内の会議や日常的なコミュニケーションでは、あえてすべてには通訳を入れないことで、お互いの言語で理解し合い歩み寄る文化が育まれてきたといいます。その結果、GOTは単なる通翻訳に留まるのではなく、社内のコミュニケーションの活性化やカルチャー作りにも貢献するチームになってきたそうです。
「やさしいコミュニケーション」の文化
互いに理解し合うためにメルカリが掲げる「やさしい英語」と「やさしい日本語」はどのように生まれ、根付いてきたのでしょうか。背景には、様々な積み重ねがあったと橋本さんはいいます。一つの例として、メルカリがコロナ禍でシリーズとして開催していた「Women in Tech」というオンラインイベントが挙げられます。イベントを企画する際、ディスカッションを英語でするか、日本語でするかが毎回議論されていたといいます。ところが、すべての会議に通訳を入れないという方針に移行するにしたがって、英語で話す人と日本語で話す人が混在するのが「メルカリらしい」と考えられるようになっていきました。現在では英語と日本語の両方でドキュメントが提供され、どちらの言語でも自由に会議を行えるスタイルが定着しています。
この「やさしい英語」や「やさしい日本語」は社員にきちんとトレーニングをされてきました。完璧な日本語や英語を話すことを相手に求めるのではなく、“Meeting Halfway”(歩み寄り)の考えのもと、「やさしい日本語」と「やさしい英語」を使えるよう、社員へのトレーニングが行われている点も非常に興味深いです。
インクルーシブな環境に貢献するLanguage Education Team
メルカリでは社員が安心して働けるよう、通翻訳以外の言語支援の施策にも力を入れています。Language Education Team(LET)はいわばGOTの隣のチームであり、言語学習のサポートを提供しています。上述の「やさしい英語」と「やさしい日本語」も、このLETが社員にトレーニングしています。日本語を話せない社員のためには、日常会話のプログラムを提供し、日本での生活に困らないよう支援しています。一方、英語教育も同様に重要視されています。特にマネジメントやチーム間連携のシーンなど、英語に苦手意識があることでチーム内および部門を超えたコミュニケーションの幅が狭まったり、業務に支障が出ることもあります。円滑なコミュニケーションのために、メルカリでは英語学習のプログラムも充実させています。言語能力に関わらず、誰もが働きやすいインクルーシブな環境を提供することが大切にされているからです。そのために、どのような言語施策に取り組むべきかを常に議論しているそうです。
チームに必要な人材を獲得するために実践していること
「やさしい英語」や「やさしい日本語」を使うことで言語の壁を低くする方針はありつつも、各ビジネスの戦略によって求められる言語スキルは異なります。たとえば、フリマアプリの事業部やクロスボーダー事業部では日本語は必須条件ではなく、当該部門でのエンジニア採用活動のほとんどが英語のみで進められています。またメルカリハロのプロジェクトではインド拠点のエンジニアと協力するため、英語スキルも求められるケースが最近増えているといいます。
英語だけで対応できるチームは採用スピードが速い一方、日本語が必要なチームではバイリンガルの人材を見つけるまでに時間がかかることが課題だと橋本さんはいいます。
バイリンガル人材の採用における課題とアプローチ
獲得が特に難しいのは、プロダクトマネージャーやセキュリティ周りの業務を担当するエンジニア、CS領域を担当するエンジニアなどだといいます。コミュニケーションが日本語主体の業務のため、どうしても日本語が堪能な人材が必要だからです。
バイリンガル人材をどうしたら獲得できるかについては、まだまだ模索中だという橋本さんですが、TokyoDevにも可能性を感じているといいます。TokyoDevには、海外に住んでいるエンジニアだけではなく、日本在住で日本語を話せるエンジニアも登録しています。以前はTokyoDevでは日本語が必須の求人は掲載していませんでしたが、新たな可能性を求めてそのようなポジションもTokyoDevで掲載することにしました。
英語が堪能な日本人と日本語ができる外国人では、メルカリにとって大きな違いではなく採用要件にも差はありません。しかし、ターゲットとする層によって有効な採用チャネルは異なります。たとえば、あえて日本国内で名が知れた日本語話者向けのプラットフォームで、日本語が堪能な外国籍のエンジニアを探すなど効率的に見つけるられる方法も模索しているそうです。
高い視座で要件を見直すことの大切さ
橋本さんは採用担当として、各部署や事業部と密に連携しながら「このチームは日本語がいらない」「このチームはインドで採用すべき」など、現場のニーズをすり合わせているそうです。たとえば、あるマネージャーが「うちのチームでは日本語スキルが必要だ」と言っても、ディレクターや上層部からは「英語化した方が組織全体のメリットになる」という意見が出ることもあるといいます。
これは、重要な学びだったと橋本さんはいいます。採用担当としてどんな人材が必要かという要望を現場に確認し、その要件に従って採用活動を行うのが一般的であることから、過去には現場から示される要件にこだわりすぎてしまうこともあったそうです。しかし最近では、採用要件は組織の戦略や採用の難易度に直接影響を与える要素であるという考えのもと、「その言語要件が本当に適切なのか?」という視点で現場に再確認を行うようになったといいます。
メルカリが牽引する日本のD&I
日本企業の間でもダイバーシティ&インクルージョン(D&I)の重要性が注目されるようになってきました。一般的にはD&Iと呼ばれますが、メルカリでは2023年にInclusion & Diversity(I&D)という名称に改められました。これには組織の多様性の推進を引き続き行うという前提のもと、さまざまなバックグラウンドの人材が活躍できるインクルーシブな環境づくりをさらに強化していくという思いが込められています。日本におけるD&Iの取り組みの先駆者と言える存在である、メルカリの現状を教えていただきました。
D&Iはトレンドではなくビジネスの核心
メルカリにおいてI&Dは単なるトレンドではなく、ビジネスの核心と考えられています。その背景には「多様な人々が作ったプロダクトでなければ、多様なユーザーに愛されることはない」という考えが根付いているからです。会社全体にそうした姿勢が浸透してることが、メルカリが自然な形でI&Dを進めてこられた理由ではないかと橋本さんはいいます。
メルカリにはさまざまな国籍の社員が在籍しているからこそ、I&Dに対する感度も高く、自然と意見も出てきます。多様性を尊重することが当然のこととして認識され、企業文化の一部として定着しています。
直面する課題とその複雑さ
メルカリでは、Diversityに関する具体的な数値目標を設定していません。たとえば「20〇〇年までに役員の〇〇割を女性にする」といった目標を公表している企業もありますが、メルカリはこうした目標を掲げていないそうです。そこには数値に縛られず、柔軟なI&Dの実現を目指すという意図がある一方で、進捗を振り返る具体的な指標がないため、評価の難しさも感じていると橋本さんはいいます。数値目標を設定してしまうと、女性や特定のグループに対して「特別扱いをしているのではないか」という不公平感を生むリスクがあるそうです。I&Dの課題は絶えず議論され続けますが、明確な正解が存在しないということに難しさとやりがいがあるのかもしれません。具体的な数値目標を置かない代わりにプロセスKPIを設け、多様性のある候補者プールを作った上でそこから採用するようにしています。
目標を設定していないとはいえ、現在メルカリの経営陣には多くの女性と外国籍の方がいます。この事実がメルカリの先進性を表しているのではないでしょうか。
メルカリの経験から学ぶ—日本企業が直面しうる課題
メルカリは創業時から「日本発のグローバル企業」を目指してきました。そのためには、日本だけでなく世界中の多様な視点を取り入れたチーム作りが不可欠だと考え、グローバルに通用するエンジニアチームを構築してきました。
もちろん、グローバル化を進めるにはさまざまなチャレンジがあると橋本さんはいいます。たとえば、日本人だけで仕事をしていた時には当たり前だと思っていたことが、国際的なチームでは一つ一つ説明しなければならない場面が増えます。それでも多様な視点を反映させることがいいプロダクトにつながるとメルカリでは考えられています。
グローバルなエンジニアチームを構築する上で日本企業が直面する可能性のある課題は何なのでしょうか?メルカリのこれまでの歩みを踏まえて橋本さんに伺うと、特に「エクスペクテーションマネジメント」が重要だとの答えがかえってきました。カルチャーやワークスタイルの違いに直面する企業は少なくないからです。たとえば、日本ではあいまいさを許容することが多い一方、グローバルな環境では説明責任を果たし、白黒をはっきりさせることが求められます。特に人事制度や評価基準については透明性が求められ、誰もが理解できるように明確に説明する必要があります。これが、グローバルチームを作る際に直面する大きな課題の一つではないかといいます。白黒はっきりさせる必要がある例として、評価や目標設定があります。そのため、OKRなどの目標を最初にしっかりと設定しその達成度を振り返り、フィードバックすることをメルカリでは徹底しているそうです。
グローバルなチームでのワークスタイルに関しては、特にリモートワークの範囲をどこまで許容するかという課題に直面するのではないかと橋本さんは指摘します。海外からのリモートワークをどこまで可能にするかについては、税務リスクや労務的な問題など法的課題が関係してくるため、他のビッグテック企業の事例を参考にしながら議論を進めているそうです。また、オフィスで働くのとは違い、リモートでは社員が働きすぎている場合に直接声をかけるのが難しいため、労務リスクも考慮する必要があります。
グローバルなチームにおける働き方やワークスタイルの考え方は異なります。この違いを「障壁」と捉えるのではなく、多様性を生かしたアプローチや対策の「オポチュニティ」として働き方、方針、施策などにどう活かすことができるかが重要だと考えます。
常に進化を続けるメルカリ
メルカリは個別のケースに柔軟に対応しながら、様々な制度の改善や新たな取り組みを少しずつ進めてきました。また2024年4月には採用チームも組織変更されました。これまでは短期的な目線でシニアエンジニアを中途で採用するか、中長期的な目線で新卒を採用するかの二極化が起こり、第二新卒層の採用ができていなかったという課題がありました。そこで新卒採用と中途採用のチーム間の垣根をなくすため、エンジニアの採用チームが一つに統合されたそうです。さらに効果的にエンジニアを採用していくために、ぬかりなく改善を重ねているのです。
またD&Iに関する課題も、すでにグローバルチームの構築を大きく進めてきた企業だからこその挑戦と言えます。多くの日本企業は、まだD&Iに関して本格的な取り組みを行っておらず、課題を深く考える段階に至っていない場合も少なくありません。メルカリは先駆者としてすでに課題が見え、それをどう乗り越えていくかという段階を迎えているともいえます。
メルカリはすでに大きく成長した企業でありながらも、目の前の課題に真摯に向き合い、改善を重ねる姿勢が分かるインタビューでした。その企業姿勢こそが、これまでの成功を支え、さらなる成長を引き寄せているのかもしれません。