MODEは、シリコンバレー発でありながら日本で大きく成長しているユニークなスタートアップ企業です。創業者の上田学氏は日本出身。サンフランシスコのベイエリアでビッグテックを経験した後に会社を設立し、その後日本市場へと展開してきました。アメリカでの創業後に日本へ進出する企業は決して多くなく、それこそがMODEの特徴を表しています。
MODEはIoT技術をパッケージ化することで、顧客が簡単に使えるクラウド・プラットフォーム「BizStack」を提供しています。BizStackは、建設現場や物流、工場といったあらゆる現場のセンサーやデバイスをIoT化し、データを計測して分析することで意思決定に活かすことができます。
今回は、MODEでHead of Global Recruitmentを務めるScott Tullisさんにお話を伺いました。前職はスマートニュースの米国拠点で採用を担当され、現在はカリフォルニアを拠点にMODEの採用活動をリードされています。本記事では、MODEの成り立ちから日本市場への挑戦、多国籍チームの強みや採用戦略に加え、ダイバーシティを重視するScottさんの視点もご紹介します。
MODEの軌跡と日本進出
シリコンバレーで創業したMODEですが、現在は社員の約70%が日本におり、ビジネスの軸が日本に移ってきています。上田氏や共同創業者たちのビジョンと挑戦が、どのようにして今日のMODEを形作ったのか、その背景について伺いました。
シリコンバレーからのスタート
MODEはカリフォルニアのベイエリアで誕生しました。2001年にYahooで働くためにアメリカに移住した日本出身の上田学氏が創業者です。共同創業者のEthan Kan氏はスタンフォード大学出身のエンジニアで、Yahooでの仕事を通じて出会ったそうです。二人が働いていた時期は、FacebookやGoogleが登場する前。Yahooがトップテクノロジー企業として君臨していた時代でした。その後、上田氏はYahooを退社し、Googleに日本人二人目のエンジニアとして入社。Google mapsの開発に大きく貢献しました。その後Twitterに入社し、Googleに続いてIPOを経験後に退社されました。
日本からシリコンバレーに渡り、GoogleやTwitterといった急成長する企業で働き、IPOを経験するという、まさにシリコンバレーの夢を実現した上田氏。そんな彼が次に選んだ道は、自分自身の会社を立ち上げることでした。GoogleやTwitterで得た経験をもとに、より大きな変革とインパクトを与えたいという強い思いから、2014年にMODEを設立しました。
日本市場への挑戦と現在地
MODEは当初、日本で事業を展開する予定はなかったそうです。創業初期はアメリカ市場に焦点を当て、IoTのB2B分野に特化していました。消費者向けではなく企業向けのアプリケーションを提供するという領域です。口コミやトレードショーなどを中心に認知拡大し成長を図っていました。しかし、コロナの影響で状況は一変し、ビジネスは大きな影響を受けました。
このような中で、日本への展開のきっかけを作ったのはVice President of Businessの上野聡志氏です。2017年から2018年にかけて日本市場でのプロダクト展開を決意し、上野氏が日本オフィスの立ち上げからビジネスを主導しました。彼のB2B分野における強力なネットワークが、日本進出の鍵となったのではないかとScottさんはいいます。
MODEは日本進出後も、一夜にして多くの顧客を獲得したわけではありません。当初計画していたアメリカでの展開を後回しにして日本に注力した結果、この3〜4年でPanasonic、東日本旅客鉄道、FUJITSU、RICOHといった名だたる日本企業を顧客にし、多くの成果を上げることができたそうです。現在、上野氏が率いるチームには営業、ビジネス開発、マーケティングなど15名程のメンバーとなるまでに成長しました。
アメリカから日本に軸足を移し、多くの採用を行ってきたMODE。現在、全社では55名のメンバーが在籍しており、そのうち約40名が日本で働いていますが、社内のコミュニケーションは英語で行われています。顧客対応や法律への対応には日本語が必要ですが、それ以外の場面、特に技術的な部分ではグローバルに連携して仕事を進めているからです。
MODEのエンジニアチームの現状と課題
MODEのエンジニアチームは、日本とシリコンバレーの良さを取り入れた多様な環境で成長を続けています。グローバルな視点を持つエンジニアチームの特徴と、採用における工夫についてご紹介します。
MODEのエンジニアチーム
MODEのエンジニアチームは、小規模でありながらも非常に強力なチームだとScottさんはいいます。全体で55名のメンバーのうち、30名以上がエンジニアまたはエンジニア関連のポジションに就いており、その役割は「デリバリーエンジニアリング」と「プロダクトエンジニアリング」に分かれています。
デリバリーエンジニアリングチームは、顧客との密接な連携を図り、プロジェクトを現場で推進する役割を担っています。彼らの業務は、MODEのメインプロダクトであるIoTプラットフォーム「BizStack」を活用したカスタムソリューションの設計・開発を担当したり、クライアントに対して技術サポートを提供したりするとともに、社内のプロダクトチームやビジネスチームと協力しながらプロジェクトを進めることが特徴です。一方で、プロダクトエンジニアリングチームは、プラットフォームやプロダクトの開発に取り組み、よりコアなバックエンドの技術に集中しています。このように、デリバリーとプロダクトの2つのチームが連携し、効率的かつ柔軟に対応しているといいます。
MODEでは、さまざまな背景を持つ多国籍なエンジニアを採用しています。例えば、シアトルのAmazonで勤務経験があるアメリカ出身のエンジニア、日本に来てそれぞれ1年半と10年以上の東欧出身のエンジニア、そして、カナダからのインターン生も迎え入れています。日本に住む経験やエンジニアとしての実績、出身地などはさまざま。多様なバックグラウンドを持つ人たちがMODEのチームに加わり、グローバルな視点でプロダクト開発に取り組んでいるのです。
日本で強化した採用
MODEでは現在、日本での採用にフォーカスしています。創業初期にはアメリカ市場に焦点を当てていましたが、日本での事業が急速に成長していることにともない、日本での採用が優先されているのです。とはいえ、プロダクトエンジニアリングのポジションでは高い日本語スキルを求めていないそうです。その理由は、日本とアメリカのチーム間での連携が重視し、開発チームは基本的に英語を使って仕事をしているからだといいます。そのため、日本語が話せない外国籍エンジニアも積極的に採用しているといいます。
デリバリーエンジニアの採用がうまくいかない理由
ただ、MODEのエンジニア採用に課題がないわけではありません。特にデリバリーエンジニアの採用に難しさを感じているそうです。MODEは、典型的なSaaS企業とは異なり、ソリューション企業として顧客に合わせたカスタマイズや対応が求められます。そのため、デリバリーエンジニアには技術的なスキルだけでなく顧客との直接的なやり取りが求められ、日本語と日本の商習慣の理解が重要となるのです。実際にクライアントの現場に出向いて技術的な作業を行うこともあるといいます。
また、建設業と食品製造業、鉄道事業者ではニーズが全く異なるように、業種やクライアントごとに対応も大きく変わります。例えば、鉄道事業者である東日本旅客鉄道株式会社の場合、短時間の夜間作業や安全運行に対する慎重なアプローチが求められます。サービスに対して高い期待を持つ日本の顧客への対応が求められる場面も多いことから、日本のビジネス慣習や要求の背景にある日本文化そのものを理解していることが、デリバリーエンジニアでは必要不可欠だといいます。こうしたポジションでは、高い日本語のコミュニケーション能力でクライアントに対応しながら、リアルタイムで技術的な問題を解決する必要があります。コーディングだけでなくシステムアーキテクチャやトラブルシューティングにも積極的に取り組むことのできる人材を見つけることはどの市場でも難しいですが、特に日本においてはさらに難易度が高いとScottさんはいいます。
言語・文化の壁とチームの対立を乗り越える
MODEでも時に言語の壁、文化的な違い、そしてビジネスチームとエンジニアチーム間の対立に課題を感じることがあるといいます。これらの課題に対しては、チーム全体でどのように向き合っているのでしょうか。
文化的な違い
多様なバックグラウンドのエンジニアが集うMODEでは、文化的な違いが浮き彫りになることもあります。一般的に、シリコンバレーの文化ではコミュニケーションが直接的であるのに対し、日本ではより控えめで受動的なスタイルが好まれると言われています。MODEでも、文化の違いが誤解を生むことがあるといいます。しかし、お客様に提供するプロダクトで間違いを犯すことは許されないため、相互理解を深めるべく、文書や対話による徹底したコミュニケーションを心がけるなど、様々な努力を重ねています。
文化の違いが表面化した場合でも、それを強みとして捉え、お互いを尊重し合うことが重要だとScottさんはいいます。採用プロセスにおいても、どのようなバックグラウンドを持っているかに関わらず、チームワークを理解し、忍耐強く、適切な方法で物事を進められる人材を採用するよう心がけているといいます。「優れた能力を持っていても、周囲に対してネガティブな影響を与えるような行動を取る人材は避けるべきであり、チーム全体で成長できる環境を築くことが大切」だとScottさんは強調します。
チームの対立
成長している企業では、市場投入のスピード、クライアントや売上の拡大、技術的な能力やプロダクトの可能性など、様々な事柄のバランスを取ることを常に求められからです。チーム間のやり取りが母国語でない場合には意思疎通が難しくなることがありますが、コミュニケーションを取り続けることが重要だとScottさんはいいます。
各チームや各担当者の役割と責任範囲を明確にするため、タスク管理ツールAsanaを活用し、業務の可視化を行っています。また、一般的な3ヶ月サイクルより短い2ヶ月ごとのゴールサイクルを導入することで、目標をチーム全体の共通認識として形成しています。この取り組みを通じて、MODEでは、ビジネスチームとエンジニアチーム間の円滑なコミュニケーションを促進し、信頼関係を構築しています。これにより、成長期特有の課題に柔軟に対応できる体制を強化しています。
カルチャーアドの力:多様性を持つチームの強さ
MODEの多国籍チームには、多様な視点と文化を取り入れることによって多くのメリットがあるというScottさん。それは、カルチャーフィットを超えた「カルチャーアド」の考え方に基づいているのかもしれません。
カルチャーフィットではなく「カルチャーアド」
Scottさん自身さまざまな視点を取り入れることは成長に不可欠だと考えています。MODEでScottさんが変えようとしているのは、「カルチャーフィット」という言葉だといいます。カルチャーフィットと言うと、似たような人を探しているかのような印象を与えます。一見すると悪いことではないように聞こえるかもしれませんが、もし自分と同じような人ばかりを採用すると、成長に不可欠な多様な視点や意見が得られないというデメリットがあることが様々な研究で示されています。つまり、同じような人材ばかりを採用すると、いわゆる「グループシンク(集団思考)」に陥る可能性があるのです。
こうした理由から、Scottさんは「カルチャーフィット」という言葉があまり好きではなく「カルチャーアド」や「カルチャーそのもの」を重視した方が良いと考えています。多様性に関する研究によると、その向上はイノベーションや成長を促進するとされています。基本的に、「自社の文化に『合う』人材」の採用に重点を置きすぎると、同じような考え方をする人たちばかりが集まり、結果として創造性が制限されるリスクがあります。一方で、「カルチャーアド(culture add)」は、同じ価値観を共有することを重視しつつも、新たな視点を持ち込んで企業文化に「付加価値」を加えるという意味があり、イノベーションには不可欠な考え方です。どの市場においても多様なチームを持つことには大きなメリットがありますが、特に日本では、日本人と外国籍のメンバーの両方を取り入れて、外部の視点を持つことが重要だとScottさんはいいます。日本では突出することが好まれず、協調が重視される一方で、アメリカでは自己主張が奨励される文化があります。このような異なる文化を持つメンバーが協力することで、視野が広がり、新たなアイデアやアプローチが生まれるのです。Scottさんは例として日本の災害時の状況を挙げてくれました。災害などの緊急時に、日本ではお互いを助け合い、コミュニティを大切にする文化があります。個々が自分勝手に行動するのではなく、全体を思いやる姿勢が見られます。これは人々がどのように協力し合い、共に生活しているかに深く根ざしている日本の文化なのではないかといいます。アメリカだけではなく日本的な視点も取り入れることで、さらに多様な価値観が加わり、チーム全体の強みとなっているそうです。
日本とアメリカの良いところを融合
MODEでは、日本とシリコンバレーの労働文化を融合させることで、柔軟でバランスの取れた働き方を実現しています。共同創業者の上田氏は、日本出身でありながら長年ベイエリアに住み、シリコンバレーの働き方にも精通しています。そのため、彼は両方の文化の良い面を取り入れたリーダーシップを実践しており、チーム全体にその影響が浸透しているのだといいます。
上田氏のリーダーシップのユニークな点は、自分の体のケアに重きを置いていることだといいます。彼は熱心なサイクリストであり、日中に運動の時間を確保することもあるそうです。たとえば、午前11時にサイクリングに出かけたり、午後2時にランニングに行ったりすることもあります。このように、リーダー自身がバランスの取れた生活を実践することで、チーム全体に良い影響を与えているとScottさんはいいます。多くの日本企業では、CEOが「これから1時間サイクリングに行くのでオフラインになります」と公言するのは珍しいことかもしれません。こうした健康的な習慣はチーム内でも共有されており、他のメンバーも日常的に運動に取り組んでいるといいます。サンマテオのオフィスにはジムがあり、チームのエンジニアたちが午後2時にオフィスを出て1時間ほどジムで運動することもあります。Slackで「ワークアウトに行ってきます」と共有し、運動後にまた仕事に戻り、共にドーナツを食べるというスタイルが定着しているそうです。リーダーがこうした姿勢を示すことは、チーム全体の働き方にもポジティブな影響を与えています。以前は、リーダーが常にオンラインでいることが期待されていましたが、今では仕事への情熱と健康のバランスを取ることが重要視されているのです。
グローバルエンジニアを魅了する日本
他の日本企業もグローバルなエンジニア採用を行うべきかについて尋ねると、Scottさんは「絶対に勧めます」と力強く答えてくれました。エンジニアリングは一種の共通言語であり、異なる文化圏から来たエンジニアたちでも技術を通じてスムーズにコミュニケーションを取ることが可能だとScottさんは考えています。
さらに、外国人にとって日本は魅力的な国に感じるのではないかともいいます。サービスの質や礼儀正しさ、清潔さ、交通の効率といった面で、日本は世界でも優れた環境を提供しています。外国人が快適に暮らせる要素が多く整っており、エンジニアが日本に移住する際には大きなメリットになります。
日本は依然として人口の多くが日本人で、移民が少ない国です。そのため、グローバルな市場に挑戦していきたいと考える企業にとって、多様な文化や異なるバックグラウンドを持つチームメンバーを迎え入れることは非常に有益だといいます。多様な人材を持つことで、異なる市場に対する理解が深まり、グローバルに活動するための基盤が強化されるからです。ただし、依然として言語の壁はあります。特に流暢な日本語が求められる場合、採用が成功するの難易度は高いといえます。
海外市場で成功するために必要なこと
MODEはアメリカから日本という海外市場に挑戦しました。ここでは海外企業が日本に参入する際にという海外市場でのビジネス展開において重要だと考えるポイントを、Scottさんが教えてくれた事例とともに紹介します。海外に進出したい日本企業にとっても参考になるのではないでしょうか。
日本進出の成功例と失敗例
海外企業が日本に進出して失敗した例は少なくありません。例えば、Uberの日本進出は最初は失敗しました。Uberはまず、ブラックカーサービスという高級車を使用したプロフェッショナルな運転サービスで日本市場に参入しましたが、簡単には置き換えることができませんでした。その後、Uber Eatsを通じて再度市場にアプローチし成功を収めています。十分な成果を得られなかった最初のビジネスモデルを変換して成功を収めた例といえます。
他にも、1990年代にeBayが日本でのローンチを試みました。他国の市場では成功していたものの、日本ではうまくいきませんでした。その後、日本市場ではメルカリがそのポジションを完全に掌握することとなりました。これらの例からもわかるように、日本市場は非常に洗練されていて、アメリカや他の国で成功したビジネスモデルをそのまま持ち込むだけでは通用しないことが多いことがわかります。
現地のビジネスを理解する重要性
こうした失敗の事例を踏まえると、他国に進出しようとする際にはまず現地の人々の意見を聞くことが非常に重要だといえます。現地のビジネスの進め方を理解し、信頼できるパートナーを見つけることが成功への近道なのです。アメリカやイギリス、中国で成功した方法をそのまま日本に持ち込んでも、必ずしも同じ結果が得られるわけではありません。多くの企業が、日本市場について十分なリサーチや準備をせずに進出を試み、結果として失敗してしまっているのです。現地の情報を提供できるエージェンシーや企業と連携し、現地の状況を正しく理解することが大切です。また、日本でビジネスを成長させ、従業員を採用するためには、日本独自の法律や労働規制を理解しなければなりません。これらの規制に対応するために、しっかりと準備をしておく必要があるのです。
これは日本企業が海外へ進出する場合も同じ。海外市場における成功のためには、両方の文化やビジネスの進め方を理解している人材を見つけることが重要です。そのような人材は、ビジネスの機会となる分野やマーケットでの強み、逆に克服すべき課題を理解し、適切にアプローチすることができます。現地のニーズに合わせた柔軟な対応が求められる中で、両方の視点を持つことが、海外進出における成功の鍵となるのです。
今回は、シリコンバレーから日本市場に進出したユニークな経緯を持つMODEをご紹介しました。アメリカと日本の文化を融合させたMODEの成長の過程から、日本企業のグローバル化や海外展開に必要なことを知るヒントになったのではないでしょうか。